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2025.08.06
ブログ
「嗅覚」で感じるのはら園(さくらんぼ組1歳児)
はじめに
保育者は子どもたちとの生活や活動のなかで、「五感」という基本的感覚を日々意識しています。
保育指針では、保育の中で「五感」を刺激し、子どもたちが視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五つをフル活用して遊びや生活を通して様々な体験をすることで、感性や知的好奇心を育むことを目指しています。
バランスよく刺激することが理想ですが、私自身これまで「嗅覚」をねらいの中心においた保育をこれまであまり計画していなかったことに気付きました。
今回は気付くきっかけとなったのはら園での子どもたちとの体験、嗅覚の役割、嗅覚を意識した保育の可能性、それを実現する環境としてののはら園の魅力についてお伝えします。
※ここでは、好意的に感じるにおいを「香り」、不快に感じるにおいを「臭い」、どちらも含めた場合を「匂い」と表記することにします。
きっかけはドクダミの葉
「嗅覚」について考えるきっかけとなった体験をご紹介します。
担任する1歳児の子どもたちとのはら園を散歩し、さまざまな植物のにおいを嗅いだ時のことです。
その一つ、ドクダミの葉の匂いを嗅いだ時の子どもたちの顔が、私は忘れられません。大人は効用等の知識がある分、受け入れられる匂いですが、子どもたちは、ドクダミの独特な匂いにびっくり仰天!!驚き、不思議、少しの不快感を滲ませた表情がとても印象的でした。
その表情がこれまで見たことのない表情だったので、まさに今子どもたちが初めての経験をしている!と強く感じました。「不思議な臭いだね~」「この臭いびっくりするね~」と声をかけ、気持ちを共有できた特別な時間でした。
子どもたちとの体験から私は、2つのことに改めて気付かされました。
1つは、目には見えない「匂い」が、人の心を動かす要素であること。
2つ目は、「嗅覚」を通じて得た感覚や感情が、コミュニケーションに取り入れられることです。
人間の「嗅覚」は退化、進化?
元々生物にとって「嗅覚」という感覚は、
①危険を察知する、②敵、味方を区別する、③食料を探すために、
とても大切な感覚でした。
しかし、私たちは、狩猟生活を送る必要性もなく、また公衆衛生が発展している現代に、どちらかというと無臭な空間を選んで生きていると思います。嗅覚を能動的に使わない日の方が多いのではないでしょうか。
また、鼻風邪をひいた時、食事の味を全く感じられず食事を楽しめなかった経験があるかと思います。舌だけでなく、鼻で感じる「風味」が、味を感じるために重要な役割をしていることをみなさんも体験からご存知ではないでしょうか。
東京大学の東原和成教授は、「贅沢な嗅覚の使い方」ができるのは人間だけと述べています。
香りを嗅いだり季節を感じたりアロマでリラックスしたりと、生活を豊かにするために使うなど五感をバランスよく使うのは人間だけだそうです。
原始的な感覚とも言われる嗅覚、毎日意識して使うことはないかもしれません。しかし「嗅覚」が生活を豊かにし、アイデンティティの構築にも大事な役割をもっていることがわかりました。
嗅覚は感情や記憶に結びつく
また、「嗅覚」は、五感のなかでも、最もダイレクトに本能、情動に働きかけ、感情や記憶に結びつきやすいという特徴があります。例えば、
・雨上がりのアスファルトの匂い
・プールの塩素の匂い
・子どもの頃に食べたお菓子の匂い
・喫茶店のコーヒーの匂い
など、その場所や季節の思い出を呼び起こすきっかけとなる匂いが、皆さんにもあるのではないでしょうか。
ただ、匂いの感じ方には個人差があり、表現には主観性や曖昧さが伴います。
その理由として、その匂いに対する好み、同じ匂いを嗅いだ経験の有無が影響するからです。
ドクダミの匂いを嗅いだ時も、子どもたちの表情はそれぞれ異なりました。
もし、言葉でのやり取りができる5歳児とドクダミの葉を嗅いだとしても、これまでの経験や知っている言葉の数などの違いから、表現は異なるのかなと思いました。
嗅覚で感じるのはら園
のはら園は「子どもたちに原風景を残したい」という理事長の堂園晴彦の強い思いでつくられました。幼少期の実体験の思い出=「原風景」を胸に、大人になっても強くたくましく生きてほしいという思いが込められています。
フランスのアラン・コルバンは、『風景と人間』(2002)で、「風景は見世物に還元されるわけではない。触覚や嗅覚、そしてとりわけ聴覚もまた空間の把握と関係が深い。風景がもたらす情動を構築するにあたって、あらゆる感覚が寄与している」と、風景という概念が視覚以外の感覚にも関与すると唱えています。
また、環境省は2001年に、風景に心地よさを感じる時、そこに香りがあるとし、「かおり風景100選」を選定しました。植物の香りに限定せず、海や温泉の香りや伝統や生活習慣にちなんだ香りも含めているのが特徴です。
子どもたちの主体的な学びを重視するイタリアのレッジョ・エミリア幼児学校は、こどもにとって嗅覚が、事物を認識する手段の一つとして教育学的に価値あると早くから認識され、匂いや香りが学びの要素として扱われていました。
匂いや香りに関わる機会をつくるため活動(プロジェクト)の中心においたり、庭を移ろいや変化に意識を傾ける学びの場として位置づけています。
誰にとっても、記憶に残る原風景に匂いが大きく関与しており、また先駆的な教育でも嗅覚という感覚が重要視され積極的に活動に取り入れていることがわかりました。
のはら園も、四季折々の花の匂いだけでなく、雨上がりの築山の土の匂い、森林の匂い、ビオトープの生物や水草などの青臭い匂いなど意識してみると様々な匂いがします。卒園児が原風景として蘇るのはら園には、きっと当時感じた匂いの要素も含まれていることと思いました。
おわりに
今回、嗅覚について考えていく中で、五感を刺激する活動が子どもたちのどのような育ちや成長に繋がるのかを考え直すことができました。また、嗅覚を刺激する環境を意識して活動を実施することで、今しかできない経験と記憶を結び付けることができ、一人ひとりのアイデンティティや表現を膨らませる可能性を感じました。
また、のはら園の魅力として、起伏のある地形、ビオトープ、生息する生き物、植物の種類など目に見えるものが「在ること」を伝えることにだけに留まらず、子どもたちの諸感覚を使った学びや育ちなど、子どもたちの具体的な姿がイメージできるようなのはら園の魅力を伝えたいと感じました。文責:椎屋
参考引用文献
アラン・コルバン『風景と人間』(2002)藤原書店
厚生労働省『保育所保育指針解説』(2018)フレーベル館
宮崎薫『レッジョ・エミリアの幼児学校における美的経験と学び』(2017)
『五感をバランスよく使えるのは人間だけ 知っているようで知らない嗅覚の世界』朝日新聞、2022‐03‐22更新、2013.4.21公開、朝日新聞GLOBE+、https://globe.asahi.com/article/11637218(参照2025‐7‐5)